東京地方裁判所 昭和50年(ワ)6543号 判決 1981年1月28日
第一事件・第二事件原告 冨沢明(以下原告という。)
右訴訟代理人弁護士 斉藤暢生
同 森田博之
第一事件被告 佐野公子(以下第一事件被告という。)
右訴訟代理人弁護士 久木野利光
同 田村譲
第二事件被告 三輪産業株式会社 (以下第二事件被告という。)
右代表者代表取締役 三輪八朗
右訴訟代理人弁護士 島岡明
主文
一 第一事件被告は別紙物件目録記載の土地につき、別紙登記目録一記載の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
二 第二事件被告は、別紙物件目録記載の土地につき、別紙登記目録二記載の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
三 訴訟費用は第一事件について生じたものは第一事件被告の負担とし、第二事件について生じたものは第二事件被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(第一事件について)
1 主文第一項と同旨
2 訴訟費用は第一事件被告の負担とする。
(第二事件について)
1 主文第二項と同旨
2 訴訟費用は第二事件被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(第一事件被告)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(第二事件被告)
第一事件被告の答弁と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
(第一事件について)
1 別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という。)は、もと訴外亡冨沢盛作(以下訴外亡盛作という。)の所有であったが、同人は、昭和五〇年五月一八日死亡した。同人の法定相続人は、原告、訴外冨沢公秀、同水谷愛子、同佐々木幸夫、同冨沢栄一、同冨沢政行、同斉藤淳、同井本節子、高見沢利の九名である。
2 ところが、第一事件被告は、本件土地について、別紙登記目録一記載の登記を有している。
3 よって、原告は、本件土地の共有持分権に基づき、第一事件被告に対し、右登記の抹消登記手続を求める。
(第二事件について)
1 第一事件請求原因1と同じ。
2 ところが、第二事件被告は、本件土地について、別紙登記目録二記載の登記を有している。
3 よって、原告は、本件土地の共有持分権に基づき、第二事件被告に対し、右登記の抹消登記手続を求める。
二 請求原因に対する認否
(第一事件について)
請求原因事実はすべて認める。
(第二事件について)
1 請求原因1の事実中、本件土地がもと亡盛作の所有であったことは認め、その余は知らない。
2 請求原因2の事実は認める。
三 抗弁
(第一事件被告、第二事件被告)
本件土地は、訴外亡盛作の昭和五〇年四月一四日付千葉地方法務局所属公証人神崎誠(以下訴外公証人という。)作成の公正証書(以下本件公正証書という。)による遺言(以下本件遺言という)に基づき第一事件被告に対し遺贈されたので、原告は本件土地に対し何らの共有持分権を有していない。
四 抗弁に対する認否
被告ら主張の内容の公正証書遺言が存することは認める。
五 再抗弁
本件遺贈は次の理由により無効である。
1 訴外亡盛作は、本件公正証書作成当時、病状悪化のため遺言をする意思能力を欠いていた。
2 遺言は民法九六九条に定める方式に違背している。
(一) 亡盛作は遺言の趣旨を訴外公証人に口授していない。
(二) 訴外公証人は遺言者の口授を筆記していない。
(三) 本件遺言の証人である訴外藤平美津子(以下訴外藤平という。)は、亡盛作と訴外公証人との会話を全く見聞していないから、遺言手続に立ち会ったといえない。
(四) 本件遺言の証人である訴外加藤スイ(以下訴外加藤という。)の署名は自署ではないから、訴外加藤は本件公正証書に署名していない。
(五) 右訴外藤平の証人としての署名押印は、亡盛作が遺言をなした昭和五〇年四月一四日の夕方か翌日、遺言がなされた場所と異る場所においてなされたものである。
(六) 本件公正証書作成について、訴外穂坂博明医師が亡盛作の人違いでないことの証明をなしているが、同医師が証明のための署名押印をなしたのは、本件公正証書原本作成日の翌日の昭和五〇年四月一五日である。
(七) 亡盛作は、本件遺言当時、高度の難聴であり、耳元で話しかけてやっと反応する程度であったにもかかわらず、訴外公証人は、筆記した書面の内容の確認を訴外加藤スイを通じて行い、亡盛作の発する「はあ」という意味不明の発言をとらえ承認があったとしたもので、遺言者の筆記の正確なことの承認がない。
六 再抗弁に対する認否
(第一事件被告、第二事件被告)
すべて否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因について
(第一事件について)
請求原因事実はすべて原告と第一事件被告との間に争いがない。
(第二事件について)
請求原因1の事実中本件土地がもと亡盛作の所有であったこと及び請求原因2の事実については原告と第二事件被告との間に争いがなく、請求原因1のその余の事実については弁論の全趣旨により認めることができる。
二 抗弁(遺贈)について
本件土地を第一事件被告に遺贈する旨の昭和五〇年四月一四日付千葉地方法務局所属訴外公証人作成の公正証書による亡盛作の遺言が存することは原告と第一事件被告、第二事件被告との間に争いがない。
三 再抗弁(遺言の無効)について
原告は、本件遺言の証人である訴外藤平は亡盛作と訴外公証人との会話を全く見聞していないから、本件遺言は民法九六九条に定める方式に違背し無効であると主張するのでこの点につき判断する。
《証拠省略》によれば、本件公正証書には、証人として訴外藤平及び同加藤の氏名が記載され、同公正証書の原本には同人ら名義の署名押印が存することが認められ、右認定事実に反する証拠はない。
右認定の事実及び《証拠省略》の供述によると次の事実が認められる。
(1) 訴外藤平は、昭和五〇年四月一四日、訴外加藤から亡盛作の病室に来てくれと言われ同病室に行った。
(2) 訴外藤平が、右病室に入ったところ、第一事件被告が亡盛作の顔の所にかぶさるように近づけ泣いており、亡盛作が第一事件被告に「泣かなくてもいいじゃないか。」と言い、これに対し第一事件被告が亡盛作に「だっておじいちゃんが早く公子にやるって言わないんですもの。」といった意味のことを言っていた。
(3) それから訴外公証人が「ああこれで決った。」と言った。
(4) 訴外藤平は、右病室において訴外公証人から署名押印を求められたが、印鑑を持ち合わせていなかったので、訴外藤平が勤務する事務室の前のカウンターで本件公正証書の原本に署名押印した。
(5) 訴外藤平は、右病室に呼ばれるについて、その趣旨を知らされていなかった。
(6) 訴外藤平は、右以外に、訴外公証人と亡盛作の会話を聞いていない。
(7) 訴外藤平が右病室に在室したのは五分位である。
以上の事実が認められ、証人神崎誠、同加藤スイの各証言、第一事件被告本人尋問の結果中、右認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。右認定事実によれば、亡盛作が本件遺言をするについて、立会証人である訴外藤平は、亡盛作と訴外公証人との会話を一切聞いておらず、公証人による筆記内容の読み聞かせも聞いていないのであるから、証人として遺言者の真意を確認することができなかったものというべきであり、証人立会の実を上げていないことになる。したがって、本件遺言の作成手続は民法九六九条所定の方式に反し無効であるといわねばならない。
よって、その余の点につき判断するまでもなく本件遺言は無効であるから、遺贈も又無効である。
四 以上の事実によれば、本件土地は、亡盛作の死亡により原告及びその他の共同相続人の共有に帰したものと認めるべく、したがって原告は共同相続人の一人として、第一事件被告及び第二事件被告に対し、本件土地につきその所有権移転登記の抹消登記手続請求を求める権利があるものといわなければならない。よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 押切瞳)
<以下省略>